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ひとしずく

シンプルな暮らし 日々の小さな「ひとしずく」をつづります。

金銭トレーニング、準備万端!

 

先日ご紹介した本を参考に、いよいよ子供たちの「金銭トレーニング」を始めようと思います。


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日にちが入っている方が、子供たち用。

7分割されいる方が、我が家の1ヶ月の家計用です。

 

子供たちは3時のおやつを買うために、1日100円を、ポケットへ入れる予定です。

毎日買い行くのか、何日間分まとめて買うのかは、本人たちに決めてもらうつもりです。

 

家計は食費を1日1200円で計算。

その他必要とあらかじめ分かっている予算は、日用品の封筒に入れます。

 

子供たちには、お財布も。


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今回取り揃えた物は、全てDAISOさん。

 

これは私の経験ですが、試しにやり始めるトレーニング等の準備や物品に、高いお金を使ったり、手間隙かけて支度するのはナンセンスです。

何しろ、起動に乗るかまだ分かりませんから。

 

健常児でもそうですが、特にハンデっ子は、何かを習得するのに、非常に時間をかけます。

「これ、やってて意味あるの??」と、こちらが戦意喪失するくらい、無反応だったり、無関心だったりする場合もあります。

(特に幼児期などは・・)

 

でも、千里の道も一歩から!で、やらなければ、できるようにはなりません。

(やり始めるタイミングは大切ですよ!)

 

と、言うわけで・・、お金をかけずに支度する!

あまり張り切ってスタートしちゃうと、うまく進まないときに、イライラします。

そして、そのイライラを子供にぶつけてしまいます。

「なんでこんなに頑張ってるのに、この子はやれないの!?」みたいに・・。

 

でも、それこそ「押し売り」。

うちの場合で言えば、子供たちが「金銭トレーニングして~⤴」と、言ってきたわけではありません(笑)

あくまで、私の判断。

失敗も成功も、私の経験の一部です。

(もちろん失敗するつもりはありませんよ🎵)

 

 

「楽しく」「気長に」

これが、トレーニングの鉄則!

 

 

 

 

 

 

家計はスリム化できるか!?

 

家の中がシンプルになることで、1ヶ月暮らす間に必要な物も、しぼられてきました。

 

目についたものを、衝動的に買う・・という、行為さえ控えることができれば、私たちの暮らしに必要な物は、だいたい決まっているようです。

 

今、来月からの(子供たちへの)金銭トレーニングの準備をしているのですが、家計も見える化して、家族みんなで1ヶ月のお金の流れを確認できるように、しようと思っています。

 

私は細かい計算や、家計簿が嫌いで、どちらかと言うと「どんぶり勘定」・・反省。

 

今までは、「ついつい買い」をして、貯金に手をつけることも、ありました。

 

子供たちへトレーニングを勧めるのに、私がだらしなくては話になりません。

夫にも見える家計になれば、もう少し気を引きしめて頑張れる気がします(笑)。

 

食事も、1週間単位で、絶対必要なものをリストアップしています。

雑用品は月単位で。

 

物を少なく暮らす場合、ストック品は持たない方が多いですが、「家計」の観点から見た場合、もしかしたらストックする方法が有効に働くかもしれません。

 

幸い家の中がシンプルになり、ストック品を置くスペースはあります。

 

ガソリン代や、愛犬のフード、治療で飲んでいるサプリメントなどなど、毎月必要と前もって分かっているものも、必要になった時に買う「行き当たりばったり買い」はやめて、月始めに、まとめて買うか、お金だけ取り置いておくか・・

 

ちょっと試行錯誤しながら、家計のスリム化を実行してみたいと、思います!

 

 

 

 

時は金なり

 

ミニマリストに目覚め、断捨離、片づけに勤しみ、家の中はすっかりシンプルになりました。

 

家事効率もアップしたことで、自由に使える時間も増えました。

 

私は専業主婦です。

 

ある日ママ友たちから、「そんなに家事する時間が減って、空いた時間何してるの?暇じゃない?」と、言われました。

 

確かに・・(笑)

 

これと言って何もしてないです。

資格取る訳でもなく、内職する訳でもない。

料理嫌いだから、キッチンに立つ時間もごくわずか(笑)

 

毎日仕事や家事、育児に忙殺されている、ワーキングマザーさんとは、明らかに時間の使い方が違います。

 

「時は金なり」という言葉が、ふと浮かびました。

 

「時間はお金と同じくらい重要なものだから、大切に使わないといけない」という意味。

 

「時間を大切に使う」とは、どういうことなんでしょうね?

 

自分の身体や暮らしを省みる余裕もないほど、朝から晩まで働いたり、何かの活動に没頭していれば、24時間を有意義に使ったことになるのでしょうか?

 

あっという間に家事を済ませ、空いた時間で読書したり、DVD見たり、昼寝してる私は、時間を無駄に使っているのでしょうか?

 

答えは・・ひとつではないですね。

 

ただ40代になって思うことは、「時間の価値観」は年齢と共に変わる・・ということ。

 

20年前の私なら、今の私の時間の使い方を許せないでしょう。

若い頃の私は、何かに夢中になり、学び、全速力で走ることに、生き甲斐を感じていましたから。

 

ではその頃の私は、幸せだったのかしら?

満たされていたのかしら?

 

「心の平安」という視点で振りかえると、今の方が、よっぽど満たされている気がします。

 

若い頃の私は、まだ見ぬ将来に怯え、運命の糸を自分の意のままに編んでやろうと、もがき、それを「忙しい日々」に投影し、「充実」と呼んでいた。

 

かえって、「時間」の魔力に支配されていたみたい。

 

今は・・

 

「時間」と、仲良くできている気がします。

 

私の暮らしには「余白」がたくさん生まれています。

「余白」は、「ゆとり」とも、言い換えることができるかな・・。

 

私にとっての「時間の大切な使い方」は、この「余白やゆとり」を日々の暮らしの中で、生み出すこと。

 

そして「余白やゆとり」と、仲良くすること。

暇は・・心の栄養です。

 

 

年を取るって、なんて素敵。

 

最近、本当にそう思うんです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食器のパッケージ化

 

家事は、基本的に「最も長く暮らしてきた環境」の模倣から始まると思うんです。

 

私で言えば、やはり「実家の母親のやり方」

が、お手本です。

 

実家では食器棚の食器は、種類別にまとめられていました。

コップは、コップ。

茶碗は、茶碗。

皿も、大・中・小で分けられ、重ねて置かれていました。

 

私も結婚し、実家を出てから、当たり前にそうしてきましたが、断捨離でかなり食器をスリムにし、食器棚に隙間ができるようになってから、種類別に並べるより、よく使う食器を「パッケージ化」した方が、家事効率がよいと感じるようになりました。


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子供たちにも手が届く、一番下の段に、家族別にトレーにまとめました。

 

左から、夫。私。ララ。キキ。

 

各々の茶碗、汁椀、マグカップ、湯飲みなどを、パッケージ化。

これにより、手を伸ばす位置が、一番下の段にほぼ限定されるようになりました。

子供たちも、自分の物が明確になり、取り出しやすくなったので、自ら進んで支度するようになりました。

 

細々した食器は、引き出しに集約。


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引き出しも、子供たちには取り出しやすい位置なので、自立に一役かいます。

 

私の大切な珈琲セットは、上の段。

一まとめにして、スッキリ、使いやすくしました。

 

物が減ると、思考が変わる!

 

それまで、当たり前にやってきたレイアウトも、至るところに「余白」が生まれることで、アイデアが刺激される。

 

そして何より、子供の「自立」の観点で家の中を見回したとき、いかに家の中が「大人の視点」で出来上がっているかに気づかされます。

 

共に暮らす家族、それぞれの視点に立つ。

すると、家の中は、変わる!

 

 

 

 

 

 

キキのハート

 

風が強い、松山。

雲が走ってる。

 

今日は朝起きるなり、キキが「幼稚園行きたくない!」

 

理由は・・

 

彼には「心因性頻尿」があります。

それはもぅビックリするくらいの頻尿で(笑)。

何か行事があったりすると、緊張や不安がダイレクトに、オシッコに繋がるようです。

 

昨日、全園児がホームに集まる行事があり、その際「トイレに行きたい」と言い出せず、泣いてしまったそう。

周りのお友達が、泣いてるキキを見て、先生に知らせてくれて、トイレへ行けたそうです。

それがショックだったようで・・

今日は、ハートにヒビが入っちゃったようです。

 

私も緊張すると腹痛が起きるし、講演会みたいな場所では、すぐトイレへ行けるよう、出入口に近いところを陣取ったりするので、キキの気持ちは分かりますが・・、ちょっとナィーブ過ぎて(笑)

ガラスみたいなハートです。

 

先生方も、キキの頻尿は承知して、いつでもトイレへ行けるようにしてくれているのに、自分だけが我慢できずに、何度もトイレへ行くことが、自分で許せなくなってきたようです。

 

うーん。

成長ゆえ・・自分で自分の首を絞めてる?

 

壊れやすいキキのハート。

長い人生、オシッコするのも忘れるくらい、大変なことがた~くさんあるけど・・、そんな話はキキには分からないよね(笑)

5歳のキキには、今が一大事なようです!

 

母としては・・温かく、冷静に対処したいと思います。

 

幼稚園休んだキキと、ララのために雛人形を出しました!

ララ、喜ぶだろうな~⤴

 

雛人形は、亡き祖父母が、私の誕生に際し買ってくれたもの。

今は私から、ララへ。

繋がる喜び。


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そろそろ「見える化」はじめます!

 

子供たちの、「自立」の第一歩として、家の中の物の位置を「見える化」し始めました。

 

かなり断捨離が進み、物が減りました。

 

どこに何を置いたら家族が使いやすく、家事がしやすいか?見た目にもシンプルで、美しいか?試行錯誤の毎日でしたが、ようやく「物の位置」が決まりはじめました。

 

中でも脱衣場にある収納。

タオルや洗剤類、パジャマや下着など、ちょっとしたものをおける場所でした。

 

下着類は、同じ入れ物で統一し、見た目もスッキリ。

洗剤類は、別の場所へ移し、このクローゼットの中は、タオルや服のみにしました。


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そして、一番変えたのは、下の段。

子供たちが服を選びやすく、自分たちで取り出しやすいように、クローゼット化しました。


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一枚棚を撤去し、上の棚裏にフックを取り付け、そこに余っていた突っ張り棒をかけました。


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これで簡単クローゼット風になりました。


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子供たちの部屋は2階。2階の自室に片づけると、取りに行くのも億劫です。

必然的に私が取りに行き、支度することになってしまいます。

 

自分でできることは、自分で。

自主性を養うには、養いやすい環境作りが大切だと、日々の暮らしで感じます。

ハンデっ子も、環境作りがうまくいくだけで、かなり自立が進みます。

(障害者の暮らしでは、このような環境整備のことを、構造化といいます)

 

これからもっと、物の位置をラベルなどで見える化し、子供たちが出し入れしやすく、片づけやすくしていこうと思います。

 

自分でできることが増える=自信がつく

 

これが、大切!

 

 

 

 

 

大河に身をまかせたい

 

「運命」と「自由意思」

 

人間の生まれてから、死ぬまで全ての営みは、脳にプログラミングされている・・という説があります。

 

確かに、人生には抗うことのできない、「運命」という荒波に呑み込まれることが、あります。

 

では、人間には「自由意思」はないのでしょうか?

 

ある番組を見ていたとき、「自由意思」とは、ハードル走の「ハードル」みたいなものだと、解説していました。

 

スタートからゴールまでを、どれくらいのタイムで走りきるか、ハードルを何個飛び越えることができるかは、「運命」で決められているから、変えることはできない。

 

唯一変えられるのは、「ハードルの高さ」だったり、「ハードルの間隔」。

 

そういうものは、自分の意思で好きに動かせる・・と、いうのです。

 

 

この話を、私が敬愛するヨガの先生に話すと、「そうだと思う」と、言われました。

 

私は、自分の人生に並ぶハードルを、わざわざ高く設定してきたかもしれません。

そして、それを飛び越えることに、快感を感じていたのかも。

 

しかし、そもそもハードルを越えられる、越えられない、が、初めから決まっているのなら、「高いハードル」にする意味があるのか・・?という、疑問に当たりました。

 

私の相棒、従姉妹は、「人生は大河に身をまかせるように生きるものだ」と、教えてくれました。

大きな流れに、ゆ~ったり身をまかせる。

流されるままに、流され、たどり着いたところで、やるべきことをやれば良いと。

それが「真我」だと。

 

でも人間は、ついついその流れに逆行したり、流れにまかせることを否定したり・・ジタバタしたがる。

そういう生き方を「自分の切り開いた人生」だと、思うのです。

それが「自我」。

 

 

私はまだまだ人間が未熟で、この「真我」と「自我」を行ったり来たりしています。

 

 

 

本当は、大河に身をまかせたい。

でも、それを許さない「自我」が、私に高いハードルを用意するのです。

 

 

皆さんの人生は・・?

「真我」ですか?「自我」ですか?